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甲府地方裁判所 平成3年(ワ)134号 判決 1993年1月28日

山梨県東山梨郡勝沼町綿塚八六番地

原告

小沢猛明

右訴訟代理人弁護士

三枝信義

山梨県東八代郡石和町四日市場二二〇五番地諏訪住宅一二号

(登記簿上の住所)山梨県東山梨郡勝沼町綿塚八六番地

被告

小沢和人

右訴訟代理人弁護士

関一

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

被告国指定代理人

開山憲一

神谷宏行

杉山美代次

山崎道夫

雨宮広幸

堀越英司

赤間覚

青野正昭

鍋内幸一

主文

一  被告小沢和人は、原告に対し別紙物件目録記載の農地につき、甲府地方法務局塩山出張所昭和五五年六月三日受付第四一一〇号をもってした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告小沢和人との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告国との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  注文第一項同旨

2  被告国は原告に対し主文第一項の抹消登記手続を承諾せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告小沢和人(以下被告和人という。)を末子にして一男三女を有するもので、妻タコノと共に別紙物件目録記載の農地(以下本件農地という。)の農耕に従事して来たものであるが、昭和五四年一一月一四日被告和人に対し本件農地を一括生前贈与することを決め、同年一一月二九日農地所有権移転の許可を得たうえ、請求の趣旨第一項記載のとおりの所有権移転登記手続を経由した。

2  そして、原告は、昭和五六年二月一七日受付第七五四号をもって被告国(取扱庁山梨税務署)のため、本件農地につき、前記受贈による贈与税および利子税の納付請求権を被担保債権とし昭和五五年九月一七日抵当権設定契約に基づく順位一番の抵当権設定登記手続を了した。

3  被告和人は、右受贈を契機として、原告らと共に本件農地の耕作に精励してくれたが、昭和六〇年暮頃以来自宅を後にしてこれを放擲し、再三再四にたる説得にもかかわらず本件農地及びその農耕の業につき何らの未練のないことを表明した。

4  原告が、被告和人に対し前記のとおり本件農地の一括生前贈与を決意したのは、同被告が継続して将来ともその農耕作業を行ってくれるものと信じたからであり、かつ、農地の生前一括贈与制度は、贈与後にあっても営農を長期に継続することを贈与契約そのものの内容としているものと解されるから、同被告に対する本件農地の生前一括贈与は錯誤によって無効というべきである。

5  よって、原告は、被告和人に対し請求の趣旨第一項のとおり所有権移転登記の抹消登記手続を、被告国に対し右抹消登記につき利害関係ある第三者としての承諾をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告小沢和人について)

全部認める。

(被告国について)

1 一項のうち、原告が一男三女を有すること及び被告和人が原告の末子であり、原告から本件農地の贈与を受け、昭和五四年一一月二九日に農地法三条の許可を得たうえで同日付贈与を原因として甲府地方法務局塩山出張所昭和五五年六月三日受付第四一一〇号をもって所有権移転登記を経由したことは認め、その余は不知。

2 二項は認める。

3 三項は不知。

4 四項のうち、事実主張については不知、法的主張については争う。即ち原告自身、被告和人が昭和六〇年まで本件農地を耕作していたことは認めており、同被告がかなりの期間同地の耕作を継続していたことは明らかであるから、贈与時には何らの錯誤もなく、原告が錯誤であると主張しているところは贈与後に生じた単なる事情変更に過ぎないので、原告の主張は理由がない(租税特別措置法は、後発的理由により農業経営が廃止される場合を予測しその場合には贈与税の納期限が確定するものと規定しているので、右廃止によって贈与契約は影響を受けず瑕疵なく有効であと解すべきであるから、営農を長期に継続することが贈与契約の内容となっているものとはいえない。)。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

(被告和人について)

請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

(被告国について)

一  請求原因2の事実及び同1のうち、原告が一男三女を有し被告和人が原告の末子であることと同被告が原告から本件農地の贈与を受けた昭和五四年一一月二九日に農地法三条の許可を得たうえで同日付贈与を原因として原告主張の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

二  右当時者間に争いがない事実及び成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし一九、第七号証、証人小沢和人の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の三ないし五、乙第六号証の二〇ないし二四と同証人の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  請求原因1、2項の事実

2  被告和人は、昭和五四年一一月の本件贈与後、少なくとも昭和六三年八月まで、原告の農業後継者として本件農地を耕作して来たところ、結婚問題で父(原告)及び母タケノと意見が合わず、主としてこれを理由とし、同月ころに至って初めて本件農地の権利を放棄し離農する決意を固め、そのころ農耕を放擲した。

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右認定の事実によれば、被告和人が本件贈与後およそ九年間は原告の後継者として農耕に従事しており、その間離農を決意したことは一度もなかったこと、そしてその後に生じた本件贈与と無関係な事情(結婚問題)により初めて離農を決意するまでに至ったことが明らかであるから、本件贈与契約に際し、表示行為と内心の効果意思の間に何らの齟齬はなく、従って意思表示の錯誤が存在したものとはいえず、被告和人が農耕を放擲したのは単なる後発的な事情変更に過ぎないといわねばならない。

なお、原告は租税特別措置法七〇条の四に想定された農地の生前一括贈与制度は農家相続の保持を目的としているから、贈与後にあっても営農を長期に継続することが契約そのものの内容であり、営農意思の放棄は、贈与契約の基本に係るから、契約後の事情変更とはいえない旨主張するので検討するのに、右制度は、農業基本法の目的である農業経営の近代化に資するために、均分相続による農地の細分化防止及び農業後継者育成の面で助成を行うことを、狙いとして創設されたもので、同条の規定する内容は、従来農業を営んでいた者が、その農地の全部をその者の子等推定相続人のうちの一人の者に贈与した場合には、右贈与に係る贈与税の納税を贈与者の死亡の日まで猶予するという内容のものである。そして、受贈者が後発的理由により農業経営を廃止した場合には、農地の贈与に係る贈与税について、その納期限が確定することと定められているので、当然のことながら右廃止によっても贈与契約は影響を受けず有効であることを前提としているものであり、これにより原告の右主張が理由のないことは明らかである。

三  以上によれば、原告の被告国に対する請求は理由がない。

(結論)

以上の次第により、原告の被告和人に対する請求は理由があるから、同被告は原告に対し、本件農地につき、甲府地方法務局塩山出張所昭和五五年六月三日受付第四一一〇号所有権移転登記の抹消登録手続をなすべき義務があるもというべく、右請求を認容し、被告国に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊永格)

物件目録

一 所在 東山梨郡勝沼町等々力字百々巡

地番 二二一七番

地目 畑

地積 四六六平方メートル

二 所在 東山梨郡勝沼町等々力字沖田

地番 二三九九番一

地目 畑

地積 八一〇平方メートル

三 所在 東山梨郡勝沼町等々力字沖田

地番 二三九九番二

地目 畑

地積 一九平方メートル

四 所在 東山梨郡勝沼町等々力字沖田

地番 二四〇四番一

地目 畑

地積 九六三平方メートル

五 所在 東山梨郡勝沼町綿塚字佛体

地番 八八番一

地目 畑

地積 二八六平方メートル

六 所在 東山梨郡勝沼町綿塚字向田

地番 一九〇番一

地目 畑

地積 九〇〇平方メートル

七 所在 東山梨郡勝沼町綿塚字向田

地番 一九〇番二

地目 畑

地積 四四平方メートル

八 所在 東山梨郡勝沼町綿塚字塚田

地番 二〇〇番

地目 畑

地積 一九〇二平方メートル

以上

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